株式会社モビーディック 代表取締役社長 保田守ブログ

(株)モビーディック代表として、企業理念や物づくりに対する情熱など、ブログ形式でお届けします。

2019-01-01から1年間の記事一覧

東日本大震災No.7

そして、たくさんの社員の生活を預かる身としてはいつまでも嘆いている場合ではありませんでした。電気、水道、電話などのインフラが復旧にともなって会社での避難所生活は3週間ほどでやめ、それぞれが公的な避難所や仮説住宅などに移り住み、4月1日にはいち…

東日本大震災No.6

会社が被災しただけではなく海岸線の破壊や原発損壊による放射能汚染が広がる中で国内のウエットスーツ需要は激減することが予想され事業の存続を真剣に考えざるを得ない危機的状況にありましたが、暖かいご支援により沢山のご注文を頂戴しその量はむしろ前…

東日本大震災No.5

ここの損害だけで数億円に及びしかも損害保険は地震特約に入っていなかったため一時は呆然とするしかありませんでした。さらに私自身の住まいも全壊してしまいました。水没だけならまだ良かったのですが、近所から流されてきた家屋がたくさん我が家に衝突し…

東日本大震災No.4

石巻市内の中心部はほぼ全域が津波のために水没しましたが、本社は海岸から7-8km内陸側にあったため辛うじて水没は免れました。私の自宅は北上川の河口付近にあり近づくことすら出来なかったので、同じように家に帰れない社員達と工場にその晩は泊まることに…

東日本大震災 No.3

高層ビルが余震で大きく揺れていて倒れてくるのではないか、また通行止めになっている首都高が崩れて押しつぶされるのではないかなどと恐怖と戦いながらノロノロ運転で4時間ほどかかって都内を抜け東北に向かいました。その後も道路の損壊がひどいため道なき…

東日本大震災 No.2

地震発生時、私は当時「日本スクーバ協会」の会長職にあり会議のために東京の墨田区にいました。激しい揺れでこれは関東大震災の再来かと思ったほどです。ところがテレビで震源地は何と宮城県沖と言うではありませんか。家族や社員のことを思うと直ぐに帰ら…

東日本大震災 No.1

長年の海外での取り組みによりお陰様でMOBBY’Sのブランドは海外でも業界内では少しは知られた存在になったと思います。“日本品質”の期待を背負って今後も頑張りたいと思っています。 “東日本大震災”と言えば当社にとっても非常に大きな出来事でした。 2011年…

ジェットスキー用スーツなど

ジェットスキー用のレーシングウエアとしてのウエットスーツ、ドライスーツその他の用品を開発してそれらの商品を当時の世界トップクラスのプロライダー達に着用してもらう事でMOBBY’Sブランドの知名度を広げつつ、その後ダイビングの市場へ参入していきまし…

イタリアでの続き。

イタリアでは、アメリカのダイビング業界の展示会(DEMA)に出展した際に当社製品を気に入ってくれた若い夫婦が代理店となり1990年からMOBBY’Sをイタリアで広めてくれました。彼はその後当社が現地に設立したモビーズ・ヨーロッパ社のセールスマネージャーと…